【高瀬舟】を読んでみて。あらすじと感想、道徳的観点からの考察をしてみた。

こんにちは。

 

今回は私の好きな高瀬舟というお話についてあらすじや感想、道徳的な観点からのお話していきたいと思います。

 

【高瀬舟のあらすじ】

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高瀬舟とは京都の高瀬川を上下する罪人を遠くの島に送るため(島流し)の船です。

 

このお話はその船で罪人を送るときの護送役の羽田庄兵衛(はねだしょうべい)と罪人の喜助(きすけ)のやり取りから広がっていくお話です。

 

大抵の罪人は護送の際、悲しみ嘆き、目も当てられない気の毒な様子なのに対し、今回の罪人喜助に関しては遊山船に乗ったような顔をしていかにも口笛でも吹き出しそうだと。

 

罪状は弟殺しの罪で、どういう経緯にしろ人を殺していい心持ちはしないはずだ。どうしてそのような晴れやかな顔をしているのかと気になり、こらえきれなくなった庄兵衛は「喜助、お前は何を思っているのか」と尋ねます。

 

そこから喜助の弟殺しの罪、どうしてそのようになってしまったのか回想に入ります。

 

このようなあらすじなのですが物語自体そんなに長くなくこれ以上書くとネタバレになってしまうのでこの変にしておきます。

 

これから感想や考察を書いていきますがネタバレ要素があるので高瀬舟を一読しようと思っている方は読んだ後のほうが良いかもしれません。

 

こちらで無料で読めるのでリンクを貼っておきます。

 

www.aozora.gr.jp

 

 

 

【高瀬舟感想】

 

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私が高瀬舟を初めて読んだのは中学生の時でしたが、中学生ながらすごく道徳的な要素が詰まった作品だなと思いました。

その当時国語の時間で読みましたが、高瀬舟について話し合いが行われ、議題に「喜助が弟の剃刀を抜いた事は罪か罪ではないか」について話合いました

 

私は自信を持って罪ではないと答えた記憶があります。

 

皆さんはこの行為についてどう思いますか。

罪なのでしょうか。

 

 

【喜助が剃刀を抜いたのは罪だったのか】

 

この点に関して道徳的な観点から見たいと思います。

 

喜助は自殺を試みたお兄さんが死にきれず苦しみ悶えているところを、剃刀を抜いて楽にさせてくれとせがまれ、楽にさせてあげたいという気持ちで剃刀を抜きました。

 

その結果として弟は死んでしまいその現場を見られた喜助は弟殺しの罪を着せられてしまいました。

 

私の中学の時の話で申し訳ないのですが、この行為が罪という人とそうでない人、丁度半分半分に別れたわけなのですが、罪と思う方の意見としては「結果として殺してしまった事には変わりがない、ちゃんと償うべきだ。」

 

 罪でないと思う方の意見としては、「どっちにしても死んでいた」「喜助は楽にさせてあげようとして剃刀を抜いてあげただけ」のような意見がありました。

 

先ほどお話したように私は罪ではないと思う側の人間で、いまもその考えは変わらないのですが中学の時より少し成長した意見で考察していこうと思います。

 

例えば、憎しみや怒りの気持ちからある人を殺してやろうと、おなかにナイフをぶすりと刺しその人は死んでしまいました。

 

これが一つの例だとします。

 

あるものが胃に潰瘍ができてしまい手術が必要でお医者さんは助けてあげようと必死の思いで患者のおなかにメスを入れます。

 

しかし残念なことに手術は失敗してその患者さんは死んでしまいました。

 

これが二つ目の例。

 

この二つの例、同じナイフをおなかに刺し人が死んでしまうという結果になってしまうのですが大きな違いがあります。

 

それはどのような気持ちでその行為をを行ったかです。

 

一方は憎しみ、もう一方は助けてあげたいという慈悲の心です。

 

この両者が同じような罰を受けると思いますでしょうか。

私はそうは思いません。

 

それを今回の例に当てはめるのであれば、行為だけ見れば剃刀で弟を殺してしまった。という事になりますが、心の行為を見るのであれば楽にさせてあげたいという気持ちから剃刀を抜いてあげました。

そこに憎しみの心など一切ありません。

 

これを罪というのかなあ。というのがあくまでも私の考え方です。

 

今回、私の中学生の時の議題に挙げれたことについて触れさせて頂きましたが、結果的に喜助は島流しになってしまいます。

 

この件についても触れていきたいと思います。

 

【島流しになってしまったが清々しい顔をしていた喜助】

 

庄兵衛がたまらず喜助に何を考えているのか質問すると

 

「御親切におっしゃってくだすって、ありがとうございます。なるほど島へゆくということは、ほかの人には悲しい事でございましょう。その心持ちはわたくしにも思いやってみることができます。しかしそれは世間でらくをしていた人だからでございます。京都は結構な土地ではございますが、その結構な土地で、これまでわたくしのいたして参ったような苦しみは、どこへ参ってもなかろうと存じます。お上かみのお慈悲で、命を助けて島へやってくださいます。島はよしやつらい所でも、鬼のすむ所ではございますまい。わたくしはこれまで、どこといって自分のいていい所というものがございませんでした。こん度お上かみで島にいろとおっしゃってくださいます。そのいろとおっしゃる所に落ち着いていることができますのが、まず何よりもありがたい事でございます。それにわたくしはこんなにかよわいからだではございますが、ついぞ病気をいたしたことはございませんから、島へ行ってから、どんなつらい仕事をしたって、からだを痛めるようなことはあるまいと存じます。それからこん度島へおやりくださるにつきまして、二百文もんの鳥目ちょうもくをいただきました。それをここに持っております。」

 

この文章からみて取れるに相当貧しい生活や辛い思いをして生きてきた事が見受けられますよね。

 

「わたくしはこの二百文を島でする仕事の元手にしようと楽しんでおります」

 

本来であれば島流しという刑は辛いものであるのに対し、そこに送られるのにもかからわらず涼しい顔をしているだけでなく、二百文を元手に仕事をしようと楽しみまで作っていると。

 

 

ここでよく問題提起されることは「足ることを知る」という事についてです。

 

「足ることを知る」という事についても触れていこうと思ってこの文章を取り上げたのですが、疲れてしまったので気が向いたらリライトしたいと思います←おい