【偽善者】という言葉を誤って使っている人が多い件について

こんにちは。

 

偽善者という言葉を時々耳にしますがその言葉を正しく使えている人がいないように感じます。

 

例えば募金をしている人を見ると「偽善者だ」なんて言う人もしばしばいる事でしょう。

 

はたしてそれは偽善者なんでしょうか。

 

今回はあくまでも超個人的な道徳観念からこの「偽善者」という言葉に触れ解説していきたいと思います。

 

 

【どういった行為が偽善なのか】

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例えば、すごくお金に困っている貧しい人がいて、あるお金持ちがそこを通りかかったとします。

 

そこでお金持ちはこのように吐き捨ててお金をばらまきました。「貧乏人の屑が、這うようにしてこの金を拾うが良い」

 

この困っている人にお金をあげるという行為だけ見れば良い事「善」の行為です。(お金を投げ捨てるのは良くないですがわかりやすくするため)

 

しかし、それを行った時の心の行為(貧しい人を見下している)は到底「善」と呼べるものではなく悪しきものです。

 

これを「偽善者」というのではないでしょうか

 

行為自体は善でもそれを行った時の心の行為が悪いもので偽の物、これを偽善者という事だと私は思います。

 

要するに心の行為、どんな気持ちでそれを行うかによって違ってくるのではないでしょうか。

 

【ボランティアは偽善か】

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全くもってそんなことはないと断言します

 

「自分がいいことをしている事に酔って言うんだろう。」「偽善者の集まり」等とネットなどのコメントでよく見かけます。

 

ボランティアとはお金を受け取らずに、見返りを求めずに奉仕をすることです。

こんなに精神的にも肉体的にも善の行為のどこが偽善なのでしょうか。

 

先ほど例に挙げたお金持ちは良いことをしようとしたわけではなく、人を見下してやろうととった行為だったために悪(偽善)だっただけで、良いことをしようという気持ちに偽の気持ちなんてないんです。

 

(ただし良いことの意味をはき違えて魂の救済などと言って人を殺したりする人は全くもって善ではなく行為も心の行為も悪であり無知そのものです。)

 

 

【他人に良く思われたいからする行為は偽善?】

 

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たとえば~ちゃんと仲良くなりたいからプレゼントしようとか、良く思われたいから優しくするとか。

 

全然偽善ではないと思います。

 

そもそも人から好かれたいのは当たり前の事で誰しもみんなと仲良くしたい、その好かれたいと思う事自体悪いものではないので行為自体も心の行為自体も悪ではないので全くもって偽善ではありません。

 

その好かれたいという気持ちが行き過ぎると人間関係が返ってこじれたりといろんな事が起きてきますが、今回あくまでも偽善についてのお話なのでおいておきます。

 

【偽善者という言葉を安易に使ってほしくない】

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 偽善者という言葉を、私は安易に使ってほしくないなと思います。

 

なぜなら良いことをしようとする人たちの中に委縮してしまう方もいるからです。

 

例えば電車の中でお年寄りに席を譲ろうとした際に偽善者って思われるかいもしれない」といったように委縮してしまい行動に移せなくなるケースも多くあると思います。

 

「偽善者だ」とかなんとか言われようとも良いことをしていこうと思える人も中にはいる事でしょう。

 

ただやはりそのように強い人ばかりでは無く、何度も言うように委縮してしまう人もいるんです。

 

安易に使う人が多い分、正しく意味を言って、人を傷つけるようなことをしてほしくないと思います。

 

ツイッターで良いことを言っている人がいたので記載させてもらいますね。

 

 

あんまり周りの誹謗中傷に意識を向け過ぎずこれからも良いことをして行きましょう。

 

それでは👋